ふりだしに戻ってみる。

活着

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来年どうしよう?完全に途方に暮れてしまっているのにカレンダーだけは充実♪この壁に残すのは『十二国記』。棒鱈は煮た。年賀状の絵を描くのは諦めた。1996年頃に描いたものをお蔵出し。途方に暮れていたら何を描いていいのかわからなくなって。道に迷ったらどうするか?ふりだしに戻る。せーかーい。ふりだしに戻ってみることにした。

『1Q84』を読み終えた。私は常に天吾(主人公のひとり)が誰に対しても上から目線なのが気に入らない。然し、青豆(主人公のひとり)はそんなボンクラが好きなのだけれど、それはウンメイのようだから仕方がない。お互いに20年も会いもせず想い続けて再会することができた。青豆が天吾に会うために死ななかったから。そして気がつく。私たちも20年以上想い続けて(あちらの想いは判らないけれど、おそらく・・・)いたけれど、片方が死んでしまったからもう会えない。それじゃ、あたしが死ねば会えるんじゃん!!って。はちまきは死なないで。と、あのひとが云ったからどうにか生きてたけどさ。死んでしまっても約束だから生きてなきゃと想ってたけど、逆に、死んでしまったんだからもう守らなくてもいいのかも?って、今更乍ら。倖い?私には護るべき小さなものは存在しない。死んでもだいじょうぶ。でも、『1Q84』は完結していないかも知れない。私に続きを読ませようとして、こんなお膳立て(ウンメイが私に”読む筈がなかった小説”を読ませたこと)を?『十二国記』の続きは私が読んで教えてあげないといけないから、完結するまでは(寿命がきても)死にたくない!と想っていたけれど・・・電車が鉄橋を渡るときに窓から外を見てたら、隅田川がきらきら光って頗るキレイだったから飛び込んだら気持ちがいいだろうなぁと想った。飛び込みは得意だし、泳げるから死ねないけどね・・・そんなことに気がついて、電車の中でぽろぽろ泣いてしまってたけれど、あのひとが死んでからは日常茶飯事で、誰かと話してないときはずっと泣いていて。夜道ならいいけど、電車の中は本当に困る。今日は不覚にもハンカチを忘れて余計困った。ことし最後に聞いた天どんくんの落語は「棒鱈」。棒鱈を食べる噺ではないんだけど、ウチに帰ってから(帰りの電車でもぼろ泣き。)棒鱈食べた。旨い。青豆は希望がないと生きられないと云う。私にはない。そもそもかも知れないし、知らぬ間になくなってしまったのかも知れない。ま、ないなら創ればいいんだろうけれど。私が今すぐに死んではいけない理由があるかい?とり急ぎ、ダ〜リンは「困る」と云っているので断念。そして、途方に暮れてしまったから、ふりだしに戻ることにした。丁度、年も変わる。ふりだしにはうってつけだ。

どなた様も好いお年を***


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