偲びます。

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お世話になった編集者の方がまたひとり・・・
昨晩は偲ぶ会だった。
発起人の8名が頗る有名人なのでお邪魔するのは気が引けたけれど、お世話になりっぱなしだからなぁ・・・と参加した。
一度だけお会いして、二度目がこの写真の遺影なの。

2003年秋、中国情報誌『CHAI』編集部に呼び出された。
CHAIは《定期購読すると大熊猫の茶器がもらえる♪》に釣られて購読していた雑誌だけれど、その年の4月1日に張國榮(レスリー)が亡くなったのでCHAIでもレスリーのライヴビデオかなんかが読者プレゼントになってたから当然応募したのだ。
その応募ハガキを見て会いたくなったからって、編集長に呼び出された。(はぁぁ???!・・・いえ、光栄デス。)
お会いして頭に浮かんでたのは「無頼」の文字。鼻緒の付いた履物を裸足で履いている編集長は初めて(後にも、きっと先にも)だったし、お話を聞いていても「自由なひとだなぁ~」と感心するばかり。ともあれ、何か面白いものを描いたら送るように!と指令されて、何か描いては作っては送り続けてた。(基本、ノーレスポンス)
2005年初頭、バジリコと云う出版社の社長に会うように!と指令が。
なんなん?なんで私が随筆を書くの?(特に漫画家のイラスト&漫画エッセイを忌み嫌っていたし。)
これもご縁なのだと、レジ打ちのバイトをしながら『美術モデルのころ』を書き(描き)上げたけれど、勿論売れず(せめて、装丁はペラペラで軽くして安価にして!の希望は却下された…)印税はゼロ。徒労だったとは云わないけど・・・なんなん?
2010年春先、webマガジン『家族生活』に映画のコラムを書くように!と、指令があったので・・・と、連絡をくれたのは今回の偲ぶ会の幹事でもある編集さん。シネ丼(「虹色シネマ丼」)を連載することに。ノーギャラだけど、漫画家だから絵も描かずにお金もらうわけにはゆかないし。頗る大変だったけれど、「ノーギャラだからいいよね?」って心持で、好き放題駄文(たわ言)を公に沢山書かせてもらえたのは、想いがけない素敵な記録になりました♪(基本、自画自賛。シネ丼は一応、ここで続いてます。)
シネ丼が終了して、ほぼ4年。4年ぶりの連絡が偲ぶ会のお知らせでした。
この4年間は、年賀状以外にはもう何も送ってなくて・・・ことしはなぜかしら?届かない気がして、年賀状も送ってなかったの。
と、私が云えるのはこれまで。昨晩初めて、いろんなことをされていたひとなんだなぁ!と知る。麻雀もお好きだったそうだ。なんだ、誘ってくれればよかったのに!

帰りに幹事の編集さんにご挨拶がてら「夏めえる5」を渡そうとしたら、町田康さん(町蔵くん)とお話中。これ倖い!と、町蔵くんに、30余年前に町蔵くんも出演していた兵庫県塚口のつかしんで催された芝居(のようなもの。いろんな劇団&役者と美術集団のコラボ作品)に私も出ていたのだと告げ、30余年ぶりにこんなところで再会するなんてね!と一瞬和んだ。それじゃあ!・・・と、なぜか「夏めえる5」は町蔵くんの手に・・・。
こんな一場面も和多田さんの手の中かも知れない。きっと、昨晩の指令は《町田康に話しかけろ!》だったのかと。

一度も云ってなかったかも知れない。
直接には勿論、云ってない。
和多田進さん、ありがとうございました***

遺影の写真だけでは何なので、和多田さんが亡くなった6月に撮ったもので賑やかし。
ラトリエ・ドゥ・シュクルのマンゴータルト!半端ねぇ~っっ!うまうま♪
コミティアのカタログ用のイラスト。いつも結構しっかり描くけど、カタログを買わないから何も残ってない。この間のはなんとなく撮ってみてた。

 


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